
なんでもみじ?
日本三景の一つ宮島のシンボルがもみじだから。
なんでまんじゅう?
なんででしょ。
まぁ広島土産の定番。
最近は揚げてあったりアイスのトッピングになったりとやりたい放題。
松山まで一時間ちょっとで行けます。
でも片道¥6900とちょい高め。
呉海上自衛隊沖では、様々な艦船や、
潜水艦を見ることが出来るみたいだから
子供がいたら喜びそう!!

中国山地から流れる栄養豊かな水と、
プランクトンの豊富な瀬戸内海の海水が交わる流域で育まれました。
黄金色をしているのは、
川底がきれいな証拠です。

日本の漆工芸の中で、極めて類例の少ない独特の技法「高盛絵」。
高盛漆を盛り上げ、色漆で彩色する技法。絵画的なやわらかさと、
彫刻的な重厚さが同時に表現できる点に特徴があり、
一子相伝の伝承法により代々受け継がれています。

世界的にも高い評価を得ている、広島県熊野町の化粧筆。
気持ちのよい触り心地は、職人による手づくりのなせる技。
直接肌に当てるものだからこそ、ブラシには紫外線殺菌を施されている。

おいしい広島焼きは関西焼きのお好み焼きと比べた時の最大の特徴は
生地と具を混ぜない重ね焼きにあります。
広島焼きは薄いクレープ状の生地とキャベツは勿論、具 うどんやそばを重ね、
焼きあげます。
ソースで仕上げます。
キャベツ・ねぎ・生姜等見ているだけでも食欲をそそります、
きれいに重ねられた広島焼きは、初めてみる人へ感動の味を体感させることと思います。
宮島の歴史は、厳島神社の歴史に始まるといっても過言ではありません。かつては、人が住むことを許されなかった宮島も、中世になると厳島神社に仕える人々の家が建てられ、戦国時代には神社の関係者以外の人も住むようになりました。江戸時代には、参拝者が多く訪れ、島内は観光地として賑わっていきます。
この島に、海に浮かぶ社殿が創建されたのは推古天皇の時代(6~7世紀)だといわれていますが、今のような優雅な姿に改められたのは12世紀で、1168年(仁安3年)に平清盛によって社殿が造営されました。その後、たびたび火災や高潮、台風、土石流などの被害を受けましたが、そのつど鎌倉幕府や室町幕府の庇護を受け復興。現在の本社本殿は1571年(元亀2年)に毛利元就が建てたもので、本社を中心に、客神社、門客神社、大国神社、天神社などの各社が配置され、朝座屋、高舞台、楽房、能舞台などが、その間に設けられています。ほとんどの社殿が朱色なのに、色の違う建物が点在しているのは、建てられた時代が違うからだとか。また、内侍橋、長橋、反橋などの橋が架けられ、東西あわせて約300mの廻廊がこれらを結んでいます。
満潮時には、海に浮かぶように見える厳島神社。潮の干満を利用した設計は、海上木造建築物としては例がなく、国際的にみても珍しいもの。世界文化遺産の登録に際しては、建造物と自然の一体的な価値の高さが評価されました。社の後ろにそびえる弥山、前面に広がる瀬戸内海の雄大さと寝殿造りの粋を極めた荘厳華麗な建築美は、訪れる人を宮廷文化へと誘います。
行って見たいなーー。
1996年(平成8年)12月、ユネスコ第20回世界遺産委員会メリダ会議で、厳島神社を含む宮島全島の14%を占める広い範囲が、世界文化遺産に登録されました。
宮島は、「神をいつきまつる島」から「厳島」と呼ばれるようになったと言われています。古くから島全体が神として信仰され、豊かな自然や伝説が数多く残っている島です。島の最高峰である弥山は原始林におおわれ、その山裾には四季折々に美しい峡谷が訪れる人を魅了しています。また、瀬戸内海国立公園の一角として特別名勝・特別史跡、風致地区、天然記念物などの指定を受けている他、山海の変化に富んだ風光は多くの人に愛され、松島、天橋立とともに日本三景のひとつに数えられています。